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大久野島~戦争と平和が交錯するうさぎ島

投稿日:2016年10月13日 更新日:

とあるのどかな港にある桟橋。
私はここで船を待っています。

ここは広島県の忠海港、船の行先は「大久野島」。

キャンプ場やホテルなどリゾートを前面に押し出したこの島ですが、かつては「地図から消された島」として、重い歴史を抱えた一面も持っています。

そんな歴史にかかわる旧軍施設跡を見るため、私はこの島を訪れました。


かつてこの島には「芸予要塞」の一角として砲台等が置かれていました。
そしてその跡が今も戦争遺跡として姿を留めています。


船から降りて少し歩くと、目の前に圧倒的な存在感を持ってそびえる廃墟が姿を見せます。
これはこの島が軍施設だった当時、発電所として使われていた建物です。
廃墟探訪としてこの島を訪れた私にはのっけから期待通りの光景ですが、リゾートを期待してやってきた家族連れには強烈な光景かもしれません。


この島が地図から消された理由、それは要塞だったからではないのです。
「毒ガス製造工場」それが当時この島が持っていた本当の顔でした。


島の至る所で貯蔵庫のような建造物や、


毒ガスのタンクが置かれていた台座跡に多数遭遇します。


鬱蒼とした木々の中には火薬庫跡が佇んでいました。


屋根が落ち、内部まで木々が侵食した様子。
宮崎アニメの世界のようでもあり、一種の美しさをすら感じてしまいます。


そして戦跡巡りをするとおなじみのように見かける建造物があります。
それが砲台の掩蔽部。
「ラピュタのような島」と言われる友ヶ島でも、似たような風景を見る事ができます。


掩蔽部とは火薬を貯蔵したり、兵士の休憩所に使われたりした砲台の付随施設の事だそうです。


終戦から長い時間が経ち、遺構の一部は土に還りつつあります。

そして現代のこの島は、その重い歴史に似つかわないもう一つの顔を持っています。


それは「うさぎの島」。
約700羽のうさぎが居るそうで、島の至る所で和ませてくれます。


後ろの施設の抱えた歴史など当然知るはずもなく、のどかに草を食べるうさぎ。
平和な時代に感謝。


このミスマッチっぷりこそ大久野島が他の廃墟と一線を画す所です。


再び毒ガスの貯蔵庫跡。


そしてここにもウサギ。


このもふもふ感がたまりません。


ここはこの島の歴史を語る「毒ガス資料館」です。
近年観光地として人気が高まっている大久野島。
ウサギ目当てにせよ、 廃墟目当てにせよ、この島を訪れたなら必ず見て先人の労苦を知っておくべき所です。
改めて平和な時代に感謝。
ちなみに中は撮影禁止でした。


資料館前に展示されていた、毒ガス貯蔵タンクの部品です。


そしてこの島の最後に見たのはひときわ大きな毒ガスの貯蔵庫跡。
夕映えに照らされた姿は聖堂のようでもあり、神々しくすら見えます。

「地図から消された島」としての過去と「うさぎ島」としての今。
ここ大久野島は戦争と平和が交錯する、そんな島です。


島全体の地図はこうなっています。

大久野島への行き方・宿泊

大久野島へは、対岸の忠海港から船で渡る事になります。所要時間は約15分。
忠海港にはJR忠海駅から徒歩5分程。
忠海港には無料の公共駐車場もあるので、車はここに停める事になります。

忠海港から大久野島までの船の本数は、1時間に1本程度の割合です。
ダイヤは平日と祝祭日で異なり、時刻は休暇村サイトのPDFで確認できます。

大久野島にはホテルとして「休暇村 大久野島」があるので、島内に宿泊する事もできます。
「休暇村 大久野島」の空き室状況の確認と予約はこちら

ちなみに、かつて毒ガス関連の施設があったという事で安全面が心配になる方もいるかもしれません。
毒ガス関連の施設跡は立ち入り禁止になっており、安全には配慮されています。
この立ち入り禁止区域の中でもウサギは元気に過ごしているので、戦後70年以上経過した今では毒ガスも残存していないのでしょう。
子供連れでも安心して観光を楽しむ事ができます。

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